河川生態系連続講演会「流域生態系を育む河川ネットワーク」第4回講演を聴講して(2)


日本では、身近にいる淡水魚と人の関係はどうなっているのでしょうか。岩田さんの主な調査地の1つ、亀岡でのお話を伺いました。

岩田さんが亀岡の淡水魚の調査をはじめたのは今から8年前のことです。「日本でこんなに魚が多い場所がまだあったのか!」というほど淡水魚の豊富な土地に、岩田さんは惹きつけられたのだそうです。

亀岡盆地で淡水魚が豊富なのは、1)ここを流れる桂川が琵琶湖・淀川水系の河川であり、元々この水系は日本で1番淡水魚種が多いこと、2)亀岡における桂川の河川形態がAa型からBb型まで移り変わり、変化に富んでいること、3)盆地に広がる水田で昔ながらの水稲作りが行われ、用水と排水が兼用になっていること、の3つが挙げられます。特に3番目については、奈良時代から続く歴史の古い水田に、近代の基盤整備事業の手が加わらなかったことが幸いして、淡水魚の生息場所が残されていたのでした(基盤整備事業については後述)。


亀岡盆地の地図


堰板をはめて水位を上げる

桂川支流の1つ、亀岡の三日市川の岸辺は石垣護岸で、川底は砂礫です。多くの魚が色々な方法で、この川を利用しています。例えばドンコは、巣穴として石垣の隙間を使うので、全生活史を石垣に依存しています。トウヨシノボリも石垣の石の裏に産卵します。タナゴ類は石垣の下の二枚貝に産卵し、石垣護岸近くの水草の中などで成長し、大きくなると川の中に出てきます。

三日市川から付近の水田に水が引かれているのですが、その方法は、川に堰板をはめ上流で水位を上昇させて田に水を入れるという、古くから行われているものです。堰板をはめると、川・水路・田圃の水面は等しくなり、魚は自由に行き来できるようになります。つまり雨期のラオスの水田同様、エコロジカルネットワークが形成されているのです。


このネットワークを利用する魚もたくさんいます。フナ・ナマズ・ドジョウ・コイなどは水田で産卵し、仔稚魚も水田で成長して、やがて三日市川へ戻っていきます。またメダカは、田圃わきの小水路で生活し、草刈りの後で小水路に捨てられた草に産卵し、孵化・成長・また産卵という風に再生産を繰り返します。水田の水を落とすために堰板がはずされると、メダカは三日市川へ移動します。これらの魚にとっては、親・子どもが何の不自由もなく田圃・水路・川を行き来できることが、生活史を全うするための大前提なのです。


水田脇の小水路 


アユモドキ(ドジョウ科)

亀岡で岩田さんたちが研究している魚の1つに、アユモドキがいます。アユモドキは日本固有の淡水魚であり、現在では岡山と琵琶湖、淀川水系にわずかに生き残っている稀少種です(特別天然記念物)。亀岡でアユモドキが生息している場所では、堰板のかわりにファブリダムという可動式のダムで川の水をせき止め、田圃に水を引いています。このファブリダムで水をせき止めると、12時間ほどで水田まで水が上がってくるのですが、この時に水没した所でのみ、それも水没したその日にのみ、アユモドキが産卵することが分かりました。かつてアユモドキは氾濫原で産卵していたのでしょうが、河川が管理されて氾濫しなくなった後は、在来農法によって生じたこうした一時水域で再生産するようになりました。またこの場所で、ファブリダムによって恩恵を被っているのはアユモドキだけではありません。スジシマドジョウ・カネヒラ・ヤリタナゴなど多くの魚が、ファブリダムにより水位の上がった所で非常に増えました。


在来農法が淡水魚に与える影響は、他にもあります。昔から使われている水田への水路は、使用する人々によって毎年清掃されているため、泥が少なく底に砂礫が堆積しています。そこに二枚貝が生息することによって、二枚貝に産卵するタナゴ類も生息できるようになるのです。

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